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2013年2月24日 (日)

2月24日更新

 地元の人間以外わからん話で申し訳ない。と前置きしておいてと。

 私の生まれは古町のはずれの長屋であるけれども,小学校にあがる前に中山という場所に引っ越してきた。小さな借家だったけど。
 その後,小学校高学年の頃に家を建てて(もちろん親が)また引っ越すのだけれども,同じ中山地内だったので転校はしなかった。場所はけっこう離れていたけど。中山というのはだいぶ広いのだ。
 それ以来,ずっと同じ家に住んでいる。就職時に3年ばかり東京にいたけれども。

 で,子どもの頃から思っていたのが「中山って言うけど,山なんてないよなぁ」ということだった。
 活動範囲が広がると,他にも近所には牡丹山とか山木戸とか紫竹山とかあることがわかって「山,多いな。高いところなんてないのに」と思ったりもしていた。
 そう思っただけで,別に調べようとか誰かに聞いてみようとかもしなかったわけだけれども。そのまま何十年も過ぎてしまった。

 それが最近(でもないが。去年か?),「新潟歴史双書6・新潟砂丘」という本を買って読んでみたら,うちのあたりには東西にのびる古い砂丘列が何本か平行に走っているらしいことが書いてあった。
 そのときは「ほほぅ。なるほど」と思っただけだったのだけれども,先日の古信濃川歩きで刺激を受けてもう一度読み返してみたら,その砂丘の尾根が,昔から現在まで続く道路になっているのだということにようやく気づいた。

 牡丹山線と呼んでいるバス通りが,双書でいうところの長嶺砂丘の尾根道にあたるらしい。確かに,この道は両側が坂になっていて,明確に尾根になっている。突き当たりは沼垂白山神社であるし。
 去年の冬は大雪で3日間バスが不通になって全国ニュースにもなったような道であるけれども,そういう古い道であれば狭いのもしょうがないところであるかと,思ってしまう。

 この牡丹山線の赤道(あかみち。せきどうに非ズ)手前に,私が勝手に「牡丹山の魔送球」と呼んでいる不自然なカーブがあるのだけれども,かつてそこに池があって道が迂回しているらしいことを示す口絵や航空写真も載っていて,なるほどと思ったりもした。

 その他,木戸小学校わきの道や,竹尾小学校から一本バイパス側に入った道なんかも,細くて豪邸が並んでたりして以前から「昔からの道なんだろうなぁ」と思いつつ歩いていたのだけれども,「これが砂丘の尾根だったのか?」と思うとまた違った風景が見えてくるような気がする。
 あと,東工業高校のわきの道とかもどうか。線路をはさんで向こう側にもつながっていたっぽい道が怪しいというのは,この間の古信濃川歩きで学んだこと。

 牡丹山線以外,道路の高低は全くわからないけれども,かつては確かに他より少し高くなっていて「山」だったのだろうなと思うと,地名に「山」がつくというのもよくわかる。

 もっとも,私の家の周囲は引っ越してきた当時は一面田んぼであった(今は全部住宅地やスーパーになっている)ので,砂丘尾根ではなくて砂丘間低地だったのだろうけど。
 そういや,町内会の名前は「南沢」だったな。低いから「沢」か。そうか。
 昔住んでいたところは「宮前」。確かに割と近くに神社はあった。「北沢」という町内もあったけど,あれはどの辺だったか。南沢に対して,尾根をはさんで北側にあったのか…?
 むぅ。今は住所としては「中山○丁目」でしかないけれど,町内会の名前まで見るとオモシロいかもしれないな。

 というようなことをつらつらと考えていたのだけれども,全部私の妄想に近い推測なので,ホントかどうかはわかりません。ので鵜呑みにされませんように。しないか。

 ちょっと昔の地図なんか見たくなってきたな。たまに図書館でも行って探してみるか。

 ということとは毎度関係なく,2月24日更新は「律義物件2」。
 地味にショートでお送りします。
http://www.on.rim.or.jp/~makosan/

2013年2月17日 (日)

2月17日更新

 先日,2月9日に「新潟まちづくり講座」というのがあって,楽しみにしていたのであるよな。
 正直「まちづくり」とか「まちおこし」とか「町の活性化」とかいう言葉にはちょっと拒否反応的なものを感じてしまうところがあるのだけれども,要は自分が楽しめればいいのであるな。
 結果としてそれが「つくり」や「おこし」や「活性化」につながるんであれば,それはそれでけっこうなことなのであって。

 なんせ,その「まちづくり講座」というのの講師が,あの陣内秀信先生とスリバチ学会の皆川会長と「ブラタモリ」の尾関プロデューサーであって,新潟からは旧知のなじらねっと・野内氏と伊勢みずほアナ。
 講師3人による講演と,そのあと全員による座談会ということだったのだけれども,どれも面白い。4時間があっという間だったのだよな。途中トイレ3回行ったけど。3時間休憩なしは冬場の頻尿にはちょっとツラい。
 陣内先生の話の中には「空間派」と「物件派」の話もちょっとあって,割とというか,かなり物件派の私としてはちょっとウーンというところもあったのだけれども,まぁ理路整然とした話になれば物件派が空間派に言い勝てるはずもないよな。オモシロいことに派閥なんてないしな。ふふ。

 翌10日は,朝も早く雪の中を9時から好きモノが20人ばかり白山神社に集まって,野内氏プロデュースによる(だよな)古信濃川跡歩き。スリバチ皆川会長とブラタモリ尾関Pも参加。
 ふたりとも忙しいだろうに,ヒマなんだなぁ。もちろんこれは賛辞であって,好きなことオモシロそうなことには目がないのだろうな。

 皆川会長はもちろん知らん土地を地形がらみで歩くの大好きだろうけど,尾関Pは別に歩くことが趣味でもないらしいのに。若干仕事の目も入ってるとしたら,いつかそれが活きるとうれしいかもしれないなぁ。

 そしてこの古信濃川跡歩きというのが,刺激的でオモシロかったのだよな。
 何度も歩いていながら見えていなかった,道路のつながりや川の痕跡。
 ヘンな形の道路であるな,くらいに思っていたのが,もうちょっと広い目で見るとそこに水路が見えてくるという新鮮な驚きは,物件を見る目とはまた違った角度の視点を教えてくれるのであるよな。

 その辺は「空間派」のものの見方になるわけで「へへん。どうだ」という陣内先生の顔が浮かびそうであるけれども,色んな視点で街をオモシロがるというのが路上観察者なのであって,それでいいのであるな。

 それにしても。やはり街を歩くのはオモシロい。
 今年はスリバチフィールドワークにも参加すると皆川会長に宣言もしたので,機会を見つけて行かずばなるまい。
 新潟の歩きもかなりオモシロいので,ここをご覧の新潟の方は,興味を持たれたら今後開催される歩きイベントに参加してみることをおすすめする次第なのでありました。

 ということとはほぼ関係なく,2月17日更新は「段差物件」。
 ちょっと地味に,直方体など。
http://www.on.rim.or.jp/~makosan/

2013年2月10日 (日)

2月10日更新

 私が子どもの頃は,夕方というのはテレビマンガをやってる時間だったのだよなぁ。当時からアニメとは言っていたのだろうけれども,マンガという方が多かった気がするのだよな。
 学校から帰ってきて夕方とか,夕飯を食べながらみていたけれども,色んな知識というのをそこから吸収していたような気がするのであるよな。大方は役に立たない知識だっただろうけれども。

 多少ものがわかるようになってきたのは小学校中学年くらいだと思うけれども,その当時に鮮烈に印象に残ったのは「ガンバの冒険」。
 当時の放送以来,再放送もビデオの類も観ていないと思うのだけど,なぜかハッキリと憶えているのであるよな。とことん明るいオープニングと,どん底に落ちるようなエンディングは,今でも歌える。懐かしアニメとかの番組で多少みているのかもしれないけれども,それにしても。
「ガンバ」についてはまたそのうち書こう。

 その「ガンバ」が終わるときには子どもながらに「ああ。終わっちゃうのか」と思い,次の番組が「一休さん」であると知ると(当時は民放が少ないので,たぶんキー局とはちがう),「えー。一休さん~?」と思ったことも憶えている。
「一休さん」というお話は知っていたので,サザエさん的な平らな絵でほのぼのした話が淡々と続くのかと思って,「ガンバは面白かったのになぁ」と思っていたのだよな。

 それが,いざ始まってみると「一休さん」はなんというかちょっと生々しいような絵で,しかもいきなり「♪好き好き好き好き好き好き♪愛してる~」であったわけだけれども,私は当時「子どもなのに,愛してるとは何事であるか」と思って,嫌っていたのであるよな。嫌っていたというか,聞いてて恥ずかしかったのだろうなぁ。ピュアだったのかマセていたのか。

 などと言いつつ,一休さんのオープニングもエンディングもやはり歌えるのであるよな。
 やはり,吸収力の高い子どもの頃に週一回聴いていれば忘れたくても忘れられないか。

 当時,歌詞の中の「♪あ~あ~♪南無三だ~」というのをきいて,「ケンカが三級品の一休さんであるけれども,いざとなると必殺技の『ナムサンダー』という光線を出して敵をやっつけるのだ」と思っていたよな。
 ウソです。今考えました。

 ということとはやはり関係なく,2月10日更新は「出張物件9」。
 この一年で20回ばかり名古屋行ってるということは,一年の20分の1は名古屋にいたということであるな。。
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2013年2月 3日 (日)

2月3日更新

 こないだ明けましておめでたかったような気がしたのだけど,もう2月であるな。
 今年の2月は28日までか。2月は実際に短いから,これもすぐに過ぎていくのだろうな。

 2月のイベントというと,豆とかチョコとかか。最近は豆だと地味なので太巻きだったりもするようだけれども。
 いっそ,豆とチョコを酢飯でつつんで海苔を巻いたものを女性が鬼の面をかぶった男性に向かって投げつけて男性はそれをくわえつつ恵方を向いて無言で食べるというイベントにしてはどうか。ダメか。

 あと,2月は戦隊ものが最終回を迎えて新しい戦隊が登場する月でもあるのだよな。
 一年間通して放送されるドラマは,今やNHKの大河ドラマか戦隊ものしかないと言われているけれども,大河ドラマの始まりは1月。まぁこれは「その年のドラマ」ということで妥当なところ。

 戦隊ものが2月というハンパな時期に切り替わるのは,おもちゃを売るためなんであるとか。
 2月半ばに始まって数週かけて新戦隊のキャラやストーリーを紹介して,3月に入るころにドーンと巨大ロボが登場。新入学入園・進級祝いとしてロボその他のグッズを買ってもらえるということらしいのだよな。

 さらに一年を通したストーリー構成もだいたい決まっていて,ゴールデンウィークころになると強い敵が出てきて,戦隊もそれに勝てるようパワーアップ。武器やアイテムが新しく追加される。
 ボーナス時期とか夏休みころになると,新しい仲間が新しいメカ,ロボを伴って現れる。
 そしてクリスマスのあたりになると敵の親玉が動けるようになったり倒すべき本当の敵が現れたりして,今までのロボでは勝てなくなって新型ロボが出てきたりして,クライマックスに向かう…らしいのであるよな。

 さすがに一年ドラマを何十年も続けてきただけのことはあって,いろいろ考えられているのだよなぁ。
 そういったある種の約束事を守りつつ,毎回いろんな趣向で番組を続けていっているのであるよな。
 おもちゃ屋の策略ではあるのかもしれないけれども,これはひとつの様式美であるような気もするところであるよなぁ。

 私は番組として戦隊ものを全部みているわけではないけれども,ストーリーの流れはちょっと気になったりする。冒頭の数分間だけみたりして,どんなことやってるのか把握したりしてるのだよな。子どももいないのに。

 次回の戦隊は「キョウリュウジャー」だとか。なんとストレートなネーミング。40作以上やってると名前もネタ切れなのか。それとも深い意味や伏線があったりするのか。
 見間違いで,実は「社畜戦隊キュウリョウジャー」では…ないよな。

 ということとはもちろん関係なく,2月3日更新は「トラップ物件」。
 黒ひげ危機一髪は別にワナじゃないけれども。
http://www.on.rim.or.jp/~makosan/

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